by mezzopiano
今日の1曲|H.デュティユー:田園詩
現代フランスを代表する作曲家のアンリ・ディティユー Henri Dutilleux (1916-2013)。世界大戦後の現代音楽の変革の激流の中で、和声や音の序列など伝統的な音楽を大切にしながら現代音楽の手法を取り入れて作曲を行った。当時音楽界に強い影響を与えていた12音技法などを用いる流派やグループには属さず、独自の音楽を追求した作曲家である。
フランス国営放送の音楽番組の責任者を務めた経験もあり、寡作でありながらも幅広いジャンルの音楽を扱った。
本日紹介するのは2分にも満たない短いピアノ小品である〈田園詩〉。デュティユー初期の作品で、アンリ・ルモワンヌという楽譜出版社からの依頼で作曲された。
「田園詩」というのは、中世フランスの宮廷詩人による歌のジャンルのこと。羊飼いの楽しいやり取りを題材にした歌である。
冒頭から羊飼いの笛の音のようなのびのびとした単旋律が奏でられる。

初めて聴いた時は最初の4小節で一気に心掴まれ、気がつけば「カートに入れる」ボタンを押して楽譜を購入していた。まさに、たまに出逢うことができる「ひと目惚れ(ひと耳ぼれ?)」曲。このメロディーがテーマとなって度々登場するのだが、いずれも異なる伴奏がついており様々な表情を見せてくれて味わい深い。
時折り差し込まれるC♮によってミクソリディア旋法になっている部分があり、〈田園詩〉という題にふさわしく牧歌的な雰囲気が漂っている。
ところでミクソリディア旋法は素敵な旋法だ。導音が半音下がることで主音への緊張感が緩まる一方、のどかで明るい雰囲気に包まれる。その牧歌的な特徴ゆえにアイリッシュ・ケルト音楽にもよく使われる旋法であり、民族的なノスタルジーも感じられる。不思議な解放感、眼前が開けたような感覚をくれ、それでいてどこか影のあるこの旋法がとても好きだ。
時代をリードする(した)作曲家が子供のための作品をつくるーーこんなに素晴らしいことはない。
現代音楽だなんだ、技法がなんだ、そんなことはさておき。この美しい小品に出会える若者は幸せだ。こんな曲と出会ったら「一生かけて、ピアノと付き合って行きたいわ。」って思えるじゃないか。瑞々しい感性でのびのびと演奏してほしい。大人も子供もぜひレパートリーに加えたい1曲。
★今日の1枚
💿デュティユー:ピアノ作品集(ケフェレック)/エラート
幼少期より音楽一辺倒にならぬよう音楽以外の教養も身につけてきたケフェレック。頭が良いのだろう、とても整理された演奏。「こういうふうに聴かせてやろう」といった脂っぽい熱がなくて良い。デュティユーのピアノ作品には比較的耳馴染みの良いもの、そしていわゆる現代音楽らしいものも両方あるが、後者の作品における不協音もキンという痛みを感じる響きでなくとても自然だ。このアルバムに収録されている《波のまにまに》もとても良いのよ。デュティユー本人はあまり気に入ってないそうだが……。
|参考資料
- カイエ ドゥ ルモワンヌ1|ピティナ・ピアノ曲事典
- 審査員紹介 アンリ・デュティユー | 武満徹作曲賞
- 燦然と屹立する精神 ―アンリ・デュティユー―|読売交響楽団
- クラシック作曲家辞典/中河原理/東京堂出版
- カイエ ドゥ ルモワンヌ1/選曲・解説:井上淳子/全音楽譜出版社